【黒部立山アルペンルート】 その二

 一日目は黒部峡谷鉄道、宇奈月〜鐘釣間のトロッコ列車観光でした。
 二日目は扇沢〜立山の観光です。
 このルートもWeb上で多数紹介されていますので、ここでは少し見方の違う記事を紹介します。

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 トロリーバスは新しい車両になっていました。
 架線給電という構造上、普通のバスのように方向転換ができない為、扇沢駅構内はループになっています。 
 
バスは、扇沢駅を出発して直ぐに大きく右に曲がります。
 
  
 
A




 右に曲がりこんだあと、約100m程の直線区間ののち、やや左へ曲がっていくと・・・。
  
B
 スノーシェードの先に関電トンネルのトロリーバス用の坑口が開いています。 トロリーバス用の坑口と記したのは、これが本坑口ではないからです。 坑口名は判りませんが、位置的には岩小屋沢岳山体に属します。

 大町トンネル(関電トンネル・針ノ木隧道)本坑口は、扇沢駅よりも道のりで約800m、標高にして約130m高い岩小屋沢を渡った先の鳴沢岳よりに存在します。
 本坑との位置関係は、国土地理院の地図で確認することができます。

※国土地理院地図閲覧サービスへのリンクは許されていますが、複写・印刷は禁止されています。
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 手振れがひどくて大変申し訳ございません。
 本坑へ合流する地点です。
 照明のベクトルが2方向になっていて、洞内分岐している感じは判ると思います。
 地図上では岩小屋沢の下を回り込んで新越尾根を一寸過ぎた辺りになるかと思います。
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 これも写りが良くなくてすみません。 本坑に合流すると、隧道は一直線になり、扇沢坑口から約1,691m地点で、そこから80mに及ぶ破砕帯を通過します。 前に来た時は、「これより破砕帯」の行燈があって、そこを通過する時、少しスピードを落としてくれたのですが、過密ダイヤとなった現在は、青色で照明されたこの区間を減速することなく、あっという間に通過してしまいました。
国土地理院の地図では、 この辺りになるかと思いますが、鳴沢岳頂上直下から落ちる直登ルンゼ(仮称)と稜線赤沢岳寄りから落ちる第二ルンゼ(仮称)の出合い付近になる訳ですから、雪渓の底に穴を空けた格好になって、大量の湧水が噴出したのかも知れません。
しかも、産総研のRIO−DB(地質)20万分の1日本シームレス地質データベースの地質図を重ねて見ますと、鳴沢岳直登ルンゼの真下に鳴沢岳−蓮華岳方向に延びる断層があって、大町ルートはこの断層破砕帯に当たったのかも知れません。(Web検索で、糸静構造線と平行に走る、針ノ木峠から大雪渓を通り、鳴沢岳方向に延びる断層との説明もあります。)
また、同地質図によれば、黒部川右岸で高瀬川断層と、その東側を平行に走る断層にも当たっているようです。

※国土地理院地図閲覧サービスへのリンクは許されていますが、複写・印刷は禁止されています。 
※産業技術総合研究所(産総研)およびRIO-DBトップページへのリンクは許されていますが、データの複写・転載等は禁止されています。
E

 前を行くトロリーバスの両側にぼんやりとオレンジ色に写っているのが、破砕帯(ここまで)の行燈でしょうか?(うっかり見過ごしてしまいました^^;)
 
 ところで、何故このトンネルの名称は「針ノ木隧道」なんでしょう?
 位置的には鳴沢岳と赤沢岳の、やや鳴沢岳寄りを通っていて 針ノ木岳山体にはかすってもいませんが。
 どなたか、この点についてご存知の方、ご教示願います。
F

 さて、以前この針ノ木隧道から黒部トンネルへと進んだ時、進行方向左手に洞内分岐があったと記憶していましたので、左手に注意してたところ、ありました、ありました、分岐が。

 あそこを通ったんだ、と内心思っていた矢先・・・
  G
 えっ、えっ!?
 もう一本分岐が出てきました。
 バスは画面右に少しだけ写りはじめている→のダム駅方向へ右折します。
 んー、どちらだったんだろう?
 33年前の事でしたし、当時は周りを見る余裕もなく通過してしまったので覚えていません。 
この辺り、 国土地理院の地図ではこの様に記載されています。

※国土地理院地図閲覧サービスへのリンクは許されていますが、複写・印刷は禁止されています。
H

 で、黒部ダム駅に到着。
 記憶の整理がつかないまま、先を急いだ訳ですが、帰ってから地図を見て思うに、やはり黒部トンネルへの分岐はFの画像で、Gの分岐は、黒部ダムに通ずる坑道の様に思われます。
 また、写真に収めることは出来ませんでしたが、Fの分岐の手前、ダム方向右手の分岐も見ましたが、その坑口がひょっとしたら、丸山東壁の帰りに仮眠させて貰った所かも知れません。
I
 慰霊碑のお参りを済ませて、左岸側を少し散策。

 黒部ダムは、黒四ダムと通称されることがありますが、黒部川水力発電事業が下流から順に進められ、4番目のプロジェクトに相当したことから「くろよん」の通称になったのでしょうか。 しかし、番号名称は発電所の方で、ダムについては日電時代も含め、番号名称はつけられていません。
 No1・・・猫又ダム?(発電用、1927年頃?竣工、1985年廃止)
 No2・・・小屋平ダム(発電用、1936年竣工)
 No3・・・仙人ダム(発電用、1940年竣工)
 No4・・・黒部ダム(発電用、1963年竣工)
 No5・・・出し平ダム(発電用、1985年竣工)
 No6・・・宇奈月ダム(多目的ダム、2001年竣工)
J
 黒部ダム天端より大タテガビン方面の風景です。
 大タテガビン南東壁は、1966年に鵬翔山岳会によって数回の試登の後、初登されました。
 山体としては黒部別山南峰(2,300m)に属するツインピークスを持つ岩峰ですが、高瀬川断層の東側を平行に走るもう一本の断層崖に当たる為、非常に脆い事で有名です。
 前出の産総研RIO−DBで検索すると、このボロ壁の手前はジュラ紀前期(2億800万年〜1億7800万年前)という日本列島としては古い花崗岩類(船津花崗岩類)という事になっていて、内蔵助谷を挟んで対峙する丸山東壁の白亜紀後期(約9000万年〜6500万年前)の花崗岩類(新期領家花崗岩類)とされる地質と対比的です。

※国土地理院地図閲覧サービスへのリンクは許されていますが、複写・印刷は禁止されています。   ご注意下さい。
※船津花崗岩類は最近ではジュラ紀よりも古い三畳紀と考えられているようです。
  K

 ダム天端を渡り切って、ケーブルカーの黒部湖駅方向を見たところです。
 左奥に売店が見えていますが、この売店の手前をほぼ直角に左に曲がる坑道を抜けると、黒部湖左岸、かんぱ谷橋方面へ出られます。
軽自動車が駐車してある右の坑道はどうなっているのでしょうか?
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 ケーブルカーの隧道です。
  M

 離合区間です。
  N

 黒部平でケーブカーからロープウェイに乗り換えです。

 山小屋等の山岳施設の基礎や壁に使う石は許可を得て現地調達することが多く、黒部平駅も同様かと思い観察してみました。

 ところで、義務教育で習った岩石はごく代表的な物に限られ、専門的には非常に細かく分類されています。化学組成、構成鉱物、結晶対比、年代測定、変成履歴等を色々調べて名前がつけられています。
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 ラーメンに例えると義務教育で習ったのは、醤油、味噌、塩、豚骨程度の分類。
 これを専門家は「手打ち風縮れ丸太麺、旭川風醤油ラーメン、コーン、バター増し」等と言ってのけるのです。
 漸次する点、岩石の方がラーメンより複雑かも。
 ですので、素人である管理人がこれは何々岩などと迂闊に言えないのです。
 管理人の知る地質の専門家はサンプルのみならず、産地、産状を聞いてから、やっと説明して下さいます。
 話が横道にそれてしまいました。黒部平駅周辺(黒部平庭園)で見かけた岩石のいくつかを画像で紹介します。

 このミグマタイトは、優黒部の縁が不連続になっている部分と漸移部分の両方が観察できます。
 また優黒部には柘榴石とおぼしき班晶が観られますが、果してどうか?
 
  P

 この岩はマイロナイト化している様に見えます。
 付着等によって表面が変色していますが、破面を出す訳にはまいりません。
 国立公園内ですから石を割ったり、持ち帰る事は禁止されています。
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 黒部平庭園の敷き砂利です。
 
  R

 天気はご覧のとおりでした。
 大観峰駅からの風景を楽しみにしていたのですが、残念ながら濃霧で何も見えませんでした。
 大観峰から室堂へはトロリーバスに乗って立山トンネルを抜けたのですが、このトンネルも断層破砕帯に阻まれて、難工事であったことを知りました。
 ま、断層だらけの日本で山岳トンネルを通そうとすれば、破砕帯は避けられないのかも知れません。
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 こちらは室堂駅周辺の敷き砂利です。
 黒部平駅のものより明るい感じがするのは濡れていない事もあります。

 
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 昼食を含め、長めの休憩時間でしたので、室堂駅周辺を散策しました。
 
 散策路の舗道は、この辺り一帯の岩石標本になっていました。
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 舗道敷石_1
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 舗道敷石_2
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 舗道敷石_3

 室堂駅の直ぐ近くで偶然見つけました。
 石工さんの手の込んだイタズラではありません。
 正真正銘の捕獲岩でした。
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 紅葉がきれいでした。
 敷石の次に、室堂駅周辺の岩についても紹介します。
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 室堂駅周辺の岩_1
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  室堂駅周辺の岩_2
  この白い岩には流紋岩様の流理と流理方向のへき開が見られました。
  立山火山は大別すると4期の活動があったそうで、安山岩、デイサイト、熔結凝灰岩をまき散らしたとか。
  白い岩の右にある酸化して赤黒い岩石やNo26の岩石がそれらに相当します。
 一方左上の岩石はジュラ期船津花崗岩類とされるミグマタイト。
 で、この白い岩は何でしょう?流紋岩?リューコゾーム?あるいは立山とは別の火山噴出岩?
 組織は熔結凝灰岩の様にポーラスではなく、非常に緻密でした。
 
 
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  室堂駅周辺の岩_3

 これを見て、No27の白い岩は「流紋岩ではない」とぼぼ確信(って、日本語になっていない;)しました。
ストロマティックミグマタイトに近いと思います。

 おっと!素人が迂闊に言えない・・でしたね。
 
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 室堂駅周辺の岩_4
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 室堂駅を出発して高原バスで美女平へ向かいます。
 バスは称名滝が望める場所で、一旦停止のサービスです。
 車窓から滝を遠望することが出来ました。
 4段、日本一の落差(320m)とのことで、37年前に4段目巻きで初登されているようです。 永らく未登だった4段目は2002年に完登されたようですが、詳しい事は判りません。


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 美女平からケーブルカーに乗り換えて、立山駅に向かいます。
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 離合区間です。
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 見えている隧道の手前、山側が枕状溶岩の露頭になっているとの音声ガイドがありました。
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 手振れで上手く写りませんでした。
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 立山駅が見えてきました。

 これで今回のページを終わります。

アルペンルートその一
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